デジタル社会の「除け者」=「ハンコ(判子)」技術!日本の半導体メーカーを救う(?)

2021年11月6日

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 世界経済の足かせとなっている半導体不足。自動車産業も4~9月期は販売が落ち込み、その原因は生産量の落ち込みにあるが、そもそも生産量の落ち込み(売れるほど作れない)自体が自動車部品の半導体の調達不足から生じている。

 半導体の調達不足は多くの産業にとって問題になっているが、半導体生産では負け組に属するようになってしまっている日本の半導体製造企業の中から、新しい製造技術が生まれようとしている。それもデジタル社会から駆逐されようとしている「ハンコ」(判子)の発想を使うと言う。

 現在の技術では、半導体の製造はシリコンウェハーの上からマスク(回路図)を露光して焼き付けることで行なわれ、マスクを何度も転写する必要があるためコストが掛かり、多額の設備投資が必要になる。エッチング技術の応用である。しかし、「ハンコ」式製造法では、3次元のパターンを形成したマスクをシリコンウェハー上の感光材樹脂に「押し付け」ながら一度の露光で転写することで製造が可能となる。

 日本ではデジタル社会の構築が遅れているということで、9月にはデジタル庁も発足した。行政改革担当大臣まで置いてハンコ社会を改造しようとしてきた中での救世主としての「ハンコ」式製造法の登場。意外な展開である。

 技術というのは、人の常識や想像を超えた要素を持っている。現在主流となっている露光法が印刷分野における要素技術としてのエッチングの技術から半導体の製品技術となったように、「ハンコ」の「パターンを液体に押し付ける」技術が生かされる。

 行政手続きなどの分野では用済みとされることになった「ハンコ」だが、その要素技術が半導体の製造技術として生かされ、しかも日本の半導体メーカーの劣勢を挽回することに役立つかもしれないというのは、実に興味深いことである。

ノーベル賞の受賞者の本音(?)大学教授の仕事って何(?)

2021年10月16日

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今年のノーベル賞の発表が続き、物理学賞の受賞者に日本人の真鍋氏が含まれていた。氏の研究成果や生い立ちから現在に至るエピソードは大変興味深いものであるし、今回の受賞理由は気候変動に関する最近の世の中の動きに大きく関連したものであった。

気候学に数理モデルを導入したことの意義やそれが今日の地球温暖化現象の解明に有用である点については議論を専門家に任せるのが筋であろう。

ここで注目したいのは、真鍋氏が何故「米国籍」を取得したか、その理由である。マスコミとのインタビューで、真鍋氏は「日本(社会)は『同調圧力』が強いので、自分には合わない」趣旨の発言をしている。若い時から米国で暮らしてきたこともあるだろうが、成功して一度日本に戻っていた時期もあるので、何故米国なのか気になるところである。

ひとつは研究環境であったかもしれない。若くても優秀な学者なら基礎研究であっても日本での何十倍もの予算が付く(氏の場合は高価なものだったコンピューターが自由に使えた)など持てる才能を発揮できるように感じたとも述べている。

更に視点を変えれば、そもそも大学教授の仕事の中身の問題が関係しているのではないだろうか。日本では大学教授の仕事と言えば、まず、教えること(授業・研究指導)と研究することが思い浮かべられよう。大学教授の仕事に組織運営や社会貢献まで含まれることは意外と知られていない。

大学入試に係わる仕事も存在する。出題はまだしも採点、果ては試験監督といった作業も大学教授・教員の仕事の範囲内である。よくテレビのニュースで「大学入学共通テスト」の実施会場が放映されるが、あの会場で問題を受験生に配布したりしているのは事務員ではない。大学教授・教員が動員されているのである。日本の大学教授はなかなか研究に専念できないのが実情であろう。

豊富な研究資金と自由な研究環境、それが真鍋氏に米国籍を選ばせたというのは考え過ぎだろうか(?)
 
 

ディズニーがアニメ制作を日本企業に依頼!!!

2021年09月18日

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 経済紙が報じるところでは、エンターテインメント業界の頂点に立つ企業でのある米国ディズニー社が日本のアニメ制作企業に依頼した映画「スターウォーズ」の動画が22日に公開されるという(2021年9月14日朝刊)。

 日本が世界に誇る三大ソフトと言えばアニメ、ゲーム、カラオケだが、いずれも戦後のことでテレビ時代以後のものである。アニメはそれ以前から漫画本や漫画映画としての歴史がある。

 ところで、アニメの大家、ウォルト・ディズニーが戦意高揚アニメの制作に当たっていたのを「その時カメラは回っていた」(NHK総合テレビ、2021年8月18日放送)で紹介していた。日本やドイツは実写ものが多いのに対して、さすが米国の方は漫画(アニメ)映画が主だったようだ。ポパイの力の見せどころである。

 ディズニー自身が第一世界大戦の義勇兵に応募した事実があるそうだから、戦意高揚アニメの制作を頼まれれば、積極的に取り組んだのかもしれない。中でも、ヒットラーを模した人物を揶揄した大作は興味深い。戦意高揚や米国側の奮闘に繋がったとしたらさすがである。

 戦後も戦意高揚ものに代わって、冷戦期初期においても原水爆実験の安全性をアピールする目的の宣伝映画が作られたようだ。ネバダ州の核実験場の安全性を信じた兵士や住民も少なからずいるという。

 その実写ものより優れたアニメ制作で成功していたディズニー社が、動画配信で先行するネットフリックス社に対抗するためとは言え、自社の実写もの(+CG)のヒット作「スター・ウォ―ズ」の動画制作を日本のアニメ制作会社に依頼したというのは、何とも皮肉な話である。競争優位をめぐる戦いは止まるところを知らないようだ。

マスクは国産、ユニクロ・ニトリは海外生産(?)、コロナ感染爆発の中でグローバリゼーションについて再考が必要(?)

 1990年に家族とニュヨークでエンパイヤ―・ステ-トビルの屋上展望台に上って、売店で打っているお土産用の廉い“I love New York“というバッヂの裏に”made in China”と書かれているのを見た時、思わず笑ってしまったのを覚えている。

 しかし、2020年にコロナ禍の第一波が襲ってきた時、日本国内でマスク不足に陥り、その主な原因が日本で販売されているマスクの相当量が中国産で直ちに供給を増やせないと知ったときは、正直言って驚いた。とても笑える話ではない。

 勿論、私たちの生活の中には中国産に限らず、ユニクロやニトリ製品のような生活用品からテレビ、DVD、プリンターなどの家電製品、直接目には触れないさまざまな部品類に至るまで、中国に限らず東南アジア諸国などからの輸入品が溢れている。それも日本企業自らが海外現地生産を行なって日本市場での自社の品揃えとしているのである。

 大きく言えば、それはベルリンの壁崩壊に象徴される旧ソ連・東欧圏の崩壊、中国の「社会主義市場経済」への移行などによってもたらされた経済・経営のグローバリゼーションの結果として生じたものであった。2001年に各国間の自由貿易を推進・調整する国際機関であるWTOに中国が加盟したことはその象徴的な出来事である。

 経済・経営のグローバリゼーションは多くの経済主体にさまざまなメリットをもたらしたが、それは企業にとってのコスト競争力であったり、人々の所得アップであったり…「経済・経営」面でのものであった。であるが故に、当時から、例えば「食糧安全保障」の観点から海外からの農産物輸入の増加の危険性を指摘するなど、経済・経営面での「世界最適」を第一に措くグローバリゼーションに対する反対論はあった。

 今回、新型コロナウィルスの世界的な流行という疫病問題がマスクやエクモなどの海外生産依存の危うさを浮き彫りにしたことは、経済・経営のグローバリゼーションの進め方について再考する良い機会なのかもしれない。

オリンピックのメダル激減!どうなる日本企業の現場力?

 三菱電機が製品の品質管理問題で揺れている。鉄道車両用設備の品質検査に長年不正があったことが判明したのだ。同社ではここ数年、検査や品質に関する不正が発覚して経営問題化したにも拘らず、6月末開催の株主総会で報告していなかったことなどから、杉山社長が辞意を表明する事態に陥っている。

 日本企業の品質管理に関する不正は、何も三菱電機に限ったことではなく、2015年の東洋ゴム工業による「建物の免震ゴムの性能偽装」、2016年の神戸製鋼による「一連の検査データ改ざん」、2017年の三菱マテリアルにおける「複数子会社による製品検査データ改ざん」と立て続けに起きている。製品の品質の高さをその競争力の一つとしてきた日本企業に関する傾向としてはにわかには信じがたい事態だ。

 そもそも、日本企業における「品質」は「現場の力」、従業員の品質管理への参加を抜きには語れない。第二次世界大戦後、米国からデミング博士を招いて科学的品質管理に道を開いたのみならず、日本独自の工夫として、「エンジニアが指示・計画するのではなく、現場作業員が自ら参加する」現場レベルの品質管理の定着に成功したのである(QCサークル)。

 また、現場工が切削技術などの技能の腕を競う「技能五輪」では、かつて日本はメダルを独占していたものである。が、2000年代に入ってからは次第にメダルから遠のいて来ているという現実もある。

 その意味では、今回の三菱電機の検査不正の問題もトップ・マネジメントが辞任して済む類の問題とは考え難い。それは余りに製造現場の従業員に依存してきた日本企業に特徴的な品質管理手法の実態とかけ離れているように思われてならない。

 日本企業の、とりわけ製造業の現場力に依存するところ大であった品質管理手法の見直しがどのように推し進められるのか、大いに注目していきたい。

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