海外企業買収と経営者の力量

(「世界経済評論IMPACT」2014・4・21より転載)

 2014年4月1日、英系医薬品メーカー、グラクソ・スミスクライン社からスカウトしたクリストフ・ウェバー氏が武田薬品工業のCOOに就任した。6月の株主総会後に社長の職を、1年後にはCEOの肩書も長谷川閑史社長(6月の総会後は会長)から引き継ぐという。

 この外部採用人事の理由について、長谷川社長はインタビューで、2011年に1兆1000億円をかけて買収したスイスのナイコメッド社(従業員12,000人)など「買収した海外企業を本社からコントロールして統括する力量が……なかった」と述べている(1)。

 ウェバーCOOは、4月2日の記者会見で「重要なのは世界戦略の製品を各国で効率的に販売する仕組みを作れるかだ。武田にはその仕組みがまだない」と述べ(2)、「外資系でも日本企業でもなく、世界の強豪と競えるグローバルな日本企業」を目指すとしている(3)。今後、それがどのように進行していくのか、大いに注目されるところである。

 一方、4月7日には第一三共が記者会見を開き、2008年に5000億円弱で買収したインドの後発薬品大手メーカー、ランバクラシー社の実質的な売却を発表した。ランバクラシー社の買収は、成長する後発薬(ジェネリック)市場に進出し、新薬と並ぶ新たな柱とすることを目指す経営戦略に基づくものだったが、買収後、ランバクラシー社に役員を送り込み、社長を交代させるなどの手を打ちながらも、4カ所の工場がアメリカ食品医薬品局(FDA)から製品の対米輸出禁止措置を受けるなど品質トラブルが相次ぎ、4500億円の損失を計上するという事態に陥り、売却に至ったものである(4)。

 これら2つの試みには、実は、いずれも前例がある。「買収した海外企業を統括する力量を身につけるために外国人社長を登用」する事例のひとつは、2006年に英系ガラス大手ピルキントン社(世界シェア=3位)を買収した日本板硝子(世界シェア=6位)のケースである。

 日本板硝子における「社内のグローバル人材不足」を理由に「経営のグローバリゼーションという課題を外国人社長『託す』手法」の結果は、買収目的だった合併効果を上げるどころか赤字転落を招き、外国人社長の退陣と「生え抜き」の吉川社長の登板という結末に終わった(5)。

 買収した海外の大企業のマネジメントの問題の方は、1980年代に実施されたバブル投資のツケとして、1990年代に多くの失敗事例として現れた。

 巨額、かつ安易な投資と買収した海外企業の経営に手こずって数年で撤退した事例としては、松下電器産業(現・パナソニック)による映画会社米MCA社の買収とシーグラム社への売却、富士通による英ICL社の買収と経営難、三菱地所によるニューヨーク・ロックフェラーセンタービルの取得と売却などがよく知られている。

 しかし、同じ海外大企業の買収でも、ソニーはコロンビア・ピクチャーズ社を巨額で買収しその営業権の償却負担で苦しんだが、現在はソニー・ピクチャーズ・エンターテインメント社としてグループの音楽コンテンツ事業の中核に組み込むことに成功しているし、ブリジストンは米ファイアストン社を巨額で買収し、買収当初こそ品質問題や労働問題で苦しんだが、海崎社長を送り込んで経営の立て直しに成功し、今では企業グループの戦力として取り込んでいる。

 こうした海外大企業買収の失敗と成功の別れ途はどこにあるのか(?)それはトップ・マネジメントの意思決定手法や意思決定力、行動力、即ちトップ・マネジメントの力量にあるように思われる。

 日本板硝子のケースでは、日本人経営者が経営のグローバリゼーションという課題(責任)だけを外国人社長に丸投げし、グローバル企業経営者としての権限は委譲しなかったことに問題がある。逆に、松下電器のケースでは、買収した海外大企業の経営者に経営権の全てを丸投げしたため(過剰な権限の移譲)、海外子会社のコントロールが不可能になってしまった。

 これに対して、成功したソニーやブリジストンのケースでは、盛田会長や海崎社長が自ら意思決定し、自ら相手と交渉し、問題があれば自ら現地に飛んで解決に当たる行動力で問題を解決した。

 日本企業は、従来、グリーンフィールドから子会社を立ち上げるか、地場の比較的小さな企業と組むケースが多かったため、海外大企業との合弁事業経営の事例が少なく、欧米型経営システムに疎いという弱点がある。

 それを身に付けるには、普段から部下からの「報告・連絡・相談」を待ってコンセンサス型意思決定を図るタイプのマネジメント・スタイルから脱却し、要すれば、トップ・マネジメント自らがその場で意思決定できる力量を身に付ける必要があろう。

[注]
(1)日本経済新聞、2013年12月1日掲載のインタビュー記事より。
(2)日本経済新聞、2013年4月3日掲載のインタビュー記事より。
(3)朝日新聞、2014年4月3日記事より。
(4)日本経済新聞、2013年4月8日記事などより。
(5)日本経済新聞、2013年3月28日記事などを参照。

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